樋口黎は、2023年の世界選手権男子フリースタイル57kg級で銀メダルを獲得し、レスリングの日本選手ではパリ五輪代表として内定1号となりました。
樋口黎さんはマカロン王子とよばれ、素敵な奥様やお子様についても話題になっています。
8年前のリオ2016五輪では銀メダルをとりましたが、東京2020五輪には出場できませんでした。
東京五輪前のアジア予選で「卵1個分(50g)」計量オーバーで試合に出れず、プレーオフの機会もものにできずに、悔しい思いをしました。
パリ五輪に向けては、金メダルを「絶対目標」に掲げ、現在は奥様と二人三脚での食事管理をメインに「金メダルを取る生活」をして準備をしているのだそう。
この記事では樋口黎さんの家族構成や結婚相手、生い立ち、なぜマカロン王子なのかについてまとめてみました。
- 樋口黎の結婚相手や子供について
- マカロン王子と呼ばれるのはなぜ?
- 樋口黎の生い立ちや家族構成
樋口黎の結婚相手の嫁には子供が一人!
引用:樋口黎 Instagram
樋口黎選手は奥様と娘一人の三人家族です。
樋口黎選手のInstagramには、結婚式の写真や子供を抱っこしている写真も掲載されています。
樋口選手の嫁が綺麗!という声が多く、話題になりましたが、奥様とはどこで知り合ったのでしょうか。
結婚相手が綺麗!と話題
奥さんの旧姓は田邉優貴(たなべゆき)さんで、千葉県出身、姉の影響で3歳からレスリングを始め、安倍学院高等学校、同志社大学でもレスリング選手として活躍しました。
幼いころから運動神経がよかった優貴さんは、中学の頃はバスケ部で活躍し、レスリングかバスケか悩み、レスリングを選択。
バスケを選択していたら、樋口黎選手と出会っていなかったかもしれませんね
優貴さんも高校1年生で全日本女子オープンレスリング選手権の16〜17歳の部で優勝したり、高校3年生の頃のインターハイで優勝する実力者でした。
大学生の頃には週刊新潮のインタビューを受けていて、金メダルを取りたいと語っています。
引用:同志社大学体育会レスリング部OB会のブログ
奥様も五輪を期待されるようなすごい選手だったんですね!
優貴さんの夢でもあった金メダルを、パリ五輪ではぜひ樋口選手に獲ってもらいたいですね。
子供は一人
引用:中日スポーツ 2024/6/26
樋口黎選手は2023年5月に優貴さんと結婚し、2024年の2月に長女の凪ちゃんが生まれています。
2024年6月26日のミキハウスに所属するパリ五輪代表選手の合同取材会では、凪ちゃんを抱っこしながら会見しました。
「圧倒して金メダルを獲得する」「(長女が)笑顔で出迎えてくれる。家ではリラックスできる」と語っており、奥様やお子さんからパワーをもらい、好調をキープ出来ているのでしょうね。
パリ五輪では家族のために〝パパで金〟を目指して頑張ってほしいですね!
樋口黎の結婚相手の嫁との馴れ初めは?
引用:Instagram 娘の凪ちゃんと
樋口黎選手と優貴さんはどのようにして出会い、結婚後に子供が生まれてからの心境はどのように変わったのでしょうか。
嫁との出会い
I引用:nstagram
優貴さんとの結婚の記念写真をInstagramに投稿している若かりし日のプリクラの写真をアップしています。
2人とも高校生のときと思われ、もしこの頃からお付き合いを始めていれば、10年以上になります。
大学は樋口選手が日本体育大学、優貴さんが京都の同志社大学なので、遠距離恋愛をして愛を育んでいたのですね。
家族への思い
家族に対しても樋口黎選手がとても感謝していることや愛情を持っていることを感じられることがわかるインタビューもあります。
妻から食事面などで手厚いサポートを受ける。「ありがたみを感じながらやれている。レスリングに向き合う姿勢は変わらないが、良い意味でプラスになっている」と照れながら話す。
引用:時事ドットコム
樋口黎さんにとって、食事管理というのはとっても大きな意味を持つのです。
樋口さんは、8年前のリオ2016五輪では銀メダルをとりましたが、東京2020五輪には出場できませんでした。
東京五輪前のアジア予選で「卵1個分(50g)」計量オーバーで試合に出れず、プレーオフの機会もものにできずに、悔しい思いをしました。
パリ五輪に向けては、食事管理をしてくださる奥様と二人三脚で、睡眠、休養なども含めて「金メダルを取るため」の生活をしているとお話されています。
「今は、妻と娘の前で負けたくないという思いで戦っている」
「(長女が)笑顔で出迎えてくれる。家ではリラックスできる」
引用:dメニュー ニュース
家族への感謝と私生活の充実ぶりから、パリ五輪金メダルへの意気込みの強さも感じられます。
樋口黎がマカロン王子と言われる理由!
引用:スポニチ 2016/11/29
樋口黎選手は大の甘党で、特にマカロンが大好きで、甘いマスクとマカロンをかけてマカロン王子と呼ばれています。
「中学生の時。親に内緒で近くのイオン1階のスタバへ行って食べました。これがマカロンか!と。あの時の感動は今も忘れません」とマカロンとの出会いも語っています。
リオ五輪後メダリスト会見では、ごほうびとして巨大マカロンを食べようと思っていたが、その夢は叶わないことに気付いたと話をしていました。
「帰ったら、マカロンが食べたいです。ご褒美は大相撲の優勝時に出てきそうなでっかいマカロンがあるんですけど、それを食べようと思っていたのですが…きのう、衝撃な事実が発覚しまして、あれは食べられない(サンプルであることが発覚)とネットに出ていたので、すごいショックを受けています」
引用:産経新聞 2016/8/21
実際に優勝力士に送られるのは、友好杯として、ピエール・エルメ・パリ特製マカロン詰め合わせだそうです。
リオ五輪の銀メダルの後には、たくさんのマカロンが送ってこられたようで、
「200個くらいは食べました。ピエール・エルメ・パリさんからも届いていて。箱の中に銀箔(ぱく)のマカロンがいっぱいあって樋口の“H”の形になっていたんです。4年後は“金箔のマカロン”を送ってもらえるよう頑張ります」
引用:スポニチ 2016/11/29
東京五輪で金メダルを獲得し、金箔のマカロンも狙っていたようですが残念ながら東京五輪の代表からは落選してしまいました。
マカロン200個!! どれだけマカロン愛が強いのか!
パリ五輪で金メダル獲得して金箔のマカロンもゲット!
マカロンで東京五輪を逃す?
甘党のマカロン王子は、20歳で初出場のリオ五輪では見事銀メダルを獲得し、次の東京五輪でも期待されていました。
東京五輪では、65キロ級に階級を上げようとしましたが、身長やリーチの差から断念しました。
57キロ級に戻して東京五輪の予選に挑みましたが、減量に苦しみアジア予選で50gオーバーで失格となりました。
その後、プレーオフでも敗れ、無念の代表落ちになってしまいました。
マカロンだけのせいではないとは思いますが、これ以降、樋口さんにとっては、体重管理は大きな課題となっています。
マカロンよりもオリンピック
今回のパリ五輪には大好きなマカロンを絶ち、再出発した樋口黎選手は見事に世界選手権で優勝。
苦しんだ減量をサポートしてくれる奥様のおかげで、世界選手権の57キロ級で銀メダルを獲得し、2大会振りの五輪代表に選ばれました。
ちなみに、甘党でスイーツ好きの面ばかりフューチャーされていますが、本当は「野菜が大嫌いな偏食王」だそうです。
本人曰く、独身の時には「私生活ではだらけたり、甘いものに妥協したり」していたようですが、今は、奥様の献身的なサポートで、体重管理の面ではかなり精神的にも楽になったのではないでしょうか。
「金メダルを取って特大マカロンを食べたい。ピスタチオ味がいい。」と語っており、パリ五輪で金メダルと特大マカロンを食べたいという決意表明をしています。
念願の金メダルを獲得し、大好きなマカロンを家族みんなで食べられると良いですね。
樋口黎の親や兄弟などの家族構成は?
引用:樋口耀 インスタグラム 2023/5/21「Congrats mybro」(黎さんの結婚式)
樋口選手の家族構成は、両親と妹1人の4人家族です。
リオ五輪で銀メダルを獲得したときには、お母さんは感激で涙を流していたそうです。
今回のパリ五輪では、更に家族が増え樋口選手も一層気合がはいっていることと思われます。
樋口黎の父親は何してる?仕事は?
父親の樋口篤さんは現在もレスリングのコーチをしていて、大阪府堺市にある堺ジュニアレスリングクラブで子供たちにレスリングを教えています。
樋口黎の母親は何してる?仕事は?
母親の容子さんもレスリングの面白さに目覚め、クラブで指導者をやっています。
樋口選手が教室から帰ると、「ママ、技かけさせて」とせがみ、幼いとはいえ、それなりに力がついてきた男の子の相手をして、むち打ちにもなったそうです。
息子のために、コーチにタックルの手の位置や足の運びかたを教えてもらっていると、自らも教えることが楽しくなっていき、現在は指導者として子供たちにレスリングを教えています。
樋口黎の兄弟は?
引用:樋口耀 Instagram 2019/6/16
妹の耀(ひかり)さんは現在、お兄さんである樋口黎選手の母校である、日本体育大学のレスリング部に在籍しています。
最近の全日本の大会でも1位や3位などの好成績を残しています。
香ヶ丘リベルテ高等学校の3年生の夏のインターハイ、女子52kg級で3位の成績を収めています。
妹の耀さんもお兄さんの活躍に刺激を受けていると思います!
オリンピック出場目指して、頑張ってください!
樋口黎の生い立ちと競技人生は?
引用:樋口耀 Instagram 小さいころの黎さんと耀さん
身体が小さかった樋口選手がいじめられるのではないかと心配したお母さんが、4歳のときに近くのレスリング教室に連れて行ったのがきっかけのようです。
生年月日:1996年1月28日
初レスリング:4歳でレスリング教室へ
出生地:大阪府
身長/体重:163cm/63kg
出身校:日本体育大学
現所属:ミキハウス
小学生で5度の全国覇者に
お父さんがレスリングをしていた影響もあったかもしれませんが、メキメキと実力を伸ばし、小学生のときは全国で5度の優勝を飾るほどの実力者だったようです。
高校は6冠王者
平成25年度 全国高等学校総合体育大会で2年ぶり23度目の全国制覇を果たした、霞ヶ浦高校 レスリング部。当時、高校生の樋口黎選手(55kg級男子)にインタビューしていました。
引用:youtube 霞ヶ浦高校 レスリング部 いばキラTV 2013/10/07
中学生時代も全国大会で3年連続3位となり、レスリングの名門、茨城・霞ヶ浦高校へ入学します
2年生の夏のインターハイから卒業するまで負け無しのインターハイ2連覇、国体2連覇と無双状態。
3年生では、全国高校選抜大会、インターハイ学校対抗戦、JOC杯カデット選手権に優勝し、同年では唯一の6冠王者となりました。
大学2年で全国No1
引用:日本レスリング協会公式サイト
6冠王者として入学した日本体育大学でも1年生で全日本学生選手権で3位となり、2年生で、JOC杯ジュニア、国民体育大会、全日本選手権で優勝し、一気に五輪代表候補になりました。
2016年3月に行われた、リオ五輪アジア予選で見事に優勝、オリンピック出場を決めた。
日本体育大学のレスリング部は多くのオリンピック選手が生まれているが、初めての学生として代表となり、初出場のリオ五輪では、決勝で前年の世界王者に敗れはしたが、見事に銀メダルを獲得しました。
樋口黎の結婚相手の嫁との馴れ初めは?家族構成と生い立ち【まとめ】
パリ五輪金メダル候補の樋口黎選手の結婚相手や子供、マカロン王子の由来、生い立ち、家族構成について紹介しました。
樋口選手と奥様は、父親がレスリングのコーチだったり、学生の頃から全国大会で活躍していたので、運命的な出会いだったのかもしれませんね。
樋口選手は日本体育大学で初の学生五輪代表として銀メダルを獲得しましたが、東京五輪では減量の失敗などで落選してしまいました。
今回のパリ五輪は、新たな家族とともにメダル獲得を目指して、ハードな減量やトレーニングをしています。
ぜひ、金メダルを獲得して、奥様や娘さんにメダルをかけてあげてほしいですね。
もちろん、大好きなマカロンも目一杯食べてください!
コメント