リオ・ワイダ(和井田理央)選手は、インドネシア代表としてパリオリンピック【サーフィン】への出場が決定しています。
実は、五十嵐カノア選手の同世代の日本人ハーフとして常に注目されてきました。
2024年のChampionship Tour(CT)では、6月11日時点で全9戦中2戦を残して、五十嵐カノア選手(14位)よりも上位の11位につけています。
また、ミッドシーズンカットをクリアしていますので、翌2025年のCTに残留が決定している素晴らしい選手です!
五十嵐カノア選手とともに、オリンピックでのメダル候補(他国ですが・・)として大いに期待が持てますね。
そこで、今回は、リオ・ワイダ(和井田理央)選手の家族構成や生い立ちについて紹介していきます!
- リオ・ワイダ(和井田理央)さんの家族構成について
- 兄弟はいる?何してるのかな?
- リオ・ワイダ(和井田理央)選手の生い立ちについて
リオ・ワイダ(和井田理央)がパリ五輪出場資格を得た険しい道のり
出典:アメブロ
東京オリンピックに続き2大会連続での五輪出場になるリオ・ワイダ(和井田理央)選手ですが、パリ五輪出場を決めるためには、4つしかないチャンスをものにしなければなりませんでした。
そのうち始めの3つの大会で僅差で敗れ、最後のプエルトリコに賭けるしかない状況に追い込まれます。
「険しい道のりでした」と和井田は言った。
「パリ五輪にクオリファイするために4つのイベントがあり、最初はCT(WSLチャンピオンシップ・ツアー)でトップ10に入らなければならなかったが出来なかった。
そしてISAのハンティントン大会では勝たなければならなかったが、物凄い僅差で敗れて。あれは本当に痛かった。 そして昨年のエルサルバドル大会は本当にひどい結果でしたたね。
出典:サーフメディア
最後の選考大会となったプエルトリコで行われたISAワールドサーフゲームズで、リオ・ワイダ(和井田理央)選手はヒートで競り勝つ見事な結果を残し、最後の最後でパリオリンピック出場を勝ち取りました!
タヒチに行けることにとても興奮しています。オリンピックはアスリートにとって最大のイベントのひとつです。ただ嬉しくてオリンピックが待ちきれません。タヒチまでまた自分のレベルを上げたいと思ってます。
カラーズマガジン
リオ・ワイダ(和井田理央)は日本人ハーフ!家族構成は?
出典:アメブロ
インドネシア代表として見事パリオリンピック出場権を獲得したリオ・ワイダ(和井田理央)さんですが、日本国籍ではなくインドネシア国籍のハーフです。
ここからは、リオ・ワイダ(和井田理央)さんの家族構成に関して紹介していきたいと思います!
【顔写真】父親はどんな人?出身は?
父親の写真は、リオ・ワイダ(和井田理央)さんが少年時代の写真になります!
出典:アメブロ
リオさんのお父さんは、インドネシア国籍のジャワ出身の方で、ご両親ともにボディボードをやられていました。
リオ・ワイダ(和井田理央)さんは、誕生したのは日本ですが、国籍はインドネシアということになります。
お父さんの情報ですが、お名前はムハマッザイニー(ムハンマド・ザイニ)というそうで、建設会社で働かれていることが書かれていました。
5歳まで生まれ故郷の日本で過ごし、建設業界で働く父・ムハマッザイニーさんと母・薫さん、弟の龍貴と共にインドネシア・バリ島に移住
日刊スポーツ
【顔写真】母親はどんな人?出身は?
リオ・ワイダ(和井田理央)さんが少年時代のお母さんの写真です!
インスタグラム
リオ・ワイダさんのお母さんは、埼玉県さいたま市の出身で日本人、お名前は薫さんです。
ちなみに、お母さんもボディボードをやっていたそうで、リオさんはご両親の影響を受けてサーフィンを始めたそうです。
リオさんが5歳の時に、現在のインドネシア・バリ島へ引っ越しますが、母方の実家のさいたまに家族で帰省することもあるそうです。
お母さんはリオ・ワイダ(和井田理央)さんを今でも献身的にフォローされており、その様子はアメブロなどで確認することができます!
以下は、つい最近の母のブログですが、20歳を過ぎた息子への関わり方って何だかとても難しいですよね。
私、毒親だと言われたことあるんです。
何それって思って調べたら、私、そうかもなって思いました。
反省しております。
出典:アメブロ(2024年6月10日)
今の僕があるのは、母、そして父のおかげです
そんなリオ・ワイダ(和井田理央)さんですが、今の自分がいるのは、母、そして父のおかげだと語っています。
子供の頃から、お母さんに毎日ビデオをずっと撮ってもらっていて。だから自分のいいところも悪いところも、お母さんが一番分かっているので、コーチしてもらっています。
SURFMEDIA
お父さんに関しては、はっきりと触れている情報はなかったのですが、オリンピック出場の際、理央さんはインタビューでこのように答えています。
「両親はとても真面目で、フィフティフィフティ(中途半端)というのはありえません。100%でやるか、やらないかのどちらか」
「僕と一緒に毎日ビーチに来て、アドバイスをくれました。母はサーファーではないのですが、僕の苦手なところをわかっていましたから」
「今の僕があるのは、母、そして父のおかげです」
olmpics.com
両親にビーチに毎日連れられて、導かれるようにサーフィンを始めたのがきっかけですから、サーフィンの実力をつけられたのは、ご両親のおかげだったと感謝しているのでしょうね。
【顔写真】リオ・ワイダ(和井田理央)に兄弟はいる?
リオ・ワイダ(和井田理央)さんには、和井田龍貴(わいだりゅうき)さんという弟さんがいます。
ソックリすぎてバグるレベルですね。。2つ違いの仲の良いご兄弟です!
SURFMEDIA
お二人とも日本で生まれて、バリ島に移住した後でサーフィンを始めました。
リオさんが5歳から、弟の龍貴さんは4歳のころから始め2018年にJPSAのプロ資格を獲得されています。
兄譲りのエアーで実力をすでに発揮しており、いくつかの大会で入賞や優勝を果たしたこともある実力者です。
- 2017 「Billabong Bloodlines Series under 16」 優勝
- 2018 「Medewi Boardriders challenge」 優勝
- 2018 「RipCurl Grom Search Contest」 優勝
- 2019 「Surfing Festival International PRO JUNIOR under 21 Surfing Event」 3位
和井田龍貴さんも理央さんと同じくお母さんがフォローされており、2人共のコーチとして一緒に活躍しています。
CTに入って早くお母さんに恩返しをしたいそうですよ。
リオ・ワイダ(和井田理央)の生い立ちは?
WAVAL
兄弟そろってご両親に熱心にコーチをされている兄・リオ・ワイダさん。
5歳くらいから波に乗り始め、9歳で初めて大会に出場したという。「和井田理央」の漢字表記も持つ。
日本経済新聞(2024年6月5日)
「日本食が最高」と言い、ラーメンやたこ焼きが好物だ。
ここからは、そんなリオ・ワイダ(和井田理央)さんの生い立ちについて詳しく紹介していきます。
誕生のエピソード
出典:アメブロ
リオ・ワイダ(和井田理央)さんは、インドネシアの父と日本人の母のもと、埼玉県で誕生しました。
2000年1月25日
体重 4045g
身長 51.1cm
で生まれてきたリオ。
今は小柄だけど、生まれてきたときは、同じ日に生まれた子達よりも一回り大きな子でした。
大変だったでしょってよく言われたけど、自分もはじめてのことでよくわからず、普通分娩で自然に普通に生まれてきてくれたと思う。
出典:アメブロ
5歳でバリ島へ引っ越し
出典:アメブロ
その後、5歳のころに家族でインドネシアのバリに引っ越し、そして移住。
そこで、毎日両親にビーチへ連れられ、導かれるように5歳からサーフィンを始めました。
始めた当初の気持ちとして、リオ・ワイダ(和井田理央)さんはこのように語っています。
初めは海が怖かったのですが、両親は怖がる自分をよそにサーフボードに乗せたんです。それが始まりでした
olmpics.com
最初はサーフィンが好きではなかったリオ・ワイダ(和井田理央)さんですが、友達がサーフィンを始めると、いつしかのめり込んでいったそうですよ。
15歳でプロ資格を取得
出典:アメブロ
少年時代のリオ・ワイダ(和井田理央)と若き日のケリー・スレーターの写真ですが、ケリーはアメリカのプロサーファーで過去に11度ものASPワールドチャンピオンに輝いてきたキング中のキングです。
リオ・ワイダ(和井田理央)選手は、15歳のときにはJPSA公認プロ資格を取得し、その後、子供の頃から憧れのスターたちと同じ土俵で戦うことになるのですが、その全てが夢のようだとお話しされています!
身長が低くていじめられていた??
olmpics.com
そんなリオ・ワイダ(和井田理央)さんですが、実は学校ではいじめられていたと、動画で話されています。
通っていた学校では、一番背が低く、それをからかわれていたそうです。
そして、母親はそれを聞いてとても傷ついていただろう、とも話されています。
ですから、サッカー界の神の子、リオネルメッシが飲んでいたホルモン剤を毎日、あるいは週に5日飲んでいたそうです。
ですが、そんないじめてきた人たちも、現在の自分に対して「人生おめでとう」と言ってくるのだといいます。
まさに実力で見返した結果となりましたね!
24歳の今は!シャープアイの共同経営者に!!
そんなリオ・ワイダ(和井田理央)さんですが、インドネシアにあるシャープアイサーフボードの共同経営者にとの情報が2024年4月15日に明らかになりました!
リオ・ワイダ(和井田理央)さんは、シャープアイサーフボードにサポートしてもらっており、サーフボードはシャープアイのボードを使用しております。
一度バリ島で活動していたシャープアイの工場は撤退していました。
その後、もう一度バリ島で始動することが決まり、リオ・ワイダ(和井田理央)さんはインドネシアでのシャープアイサーフボードのチームの一員となりました。
まとめ
今回は、「リオ・ワイダ(和井田理央)の家族構成と生い立ち」について紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?
- リオ・ワイダ(和井田理央)はインドネシアの父と日本人の母のハーフである
- 2歳違いの弟に、同じくプロサーファーの和井田龍貴さんがいる
- リオ・ワイダ(和井田理央)は5歳からサーフィンを始め、背が低いくイジメられる事もあった
- 24歳の今、シャープアイインドネシアの共同経営社となっている!
パリオリンピック出場も決定し、インドネシア代表としてますます注目の方になりますね!
これからもリオ・ワイダ(和井田理央)さんの活躍を期待していきましょう!
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